親切なガーディアン

    とても平和な国だった。

    その国土はどこよりも広く、王様はだれよりも偉かった。

    「平和なのは良いことだが、いつなんどき何が起きるかわからんのが世の中だ。警備をより厳重にせよ」

    「はっ!」

    王宮の周りは、天まで高くそびえる鋼鉄の柵でぐるりと囲まれており、その間には子供の頭すら通らない。

    もちろんその鉄柵には扉があり、そこを出入りする人物を検査するガーディアンが、昼夜を問わず立っている。

    星の砂地区にある、13番目の門。

    そこに有名なガーディアンが居た。彼は老いているが、とても親切者だった。

    道を尋ねられれば誰にでも丁寧に教えてくれる。泣いてる子供が居ればフルーツキャンディーを握らせてやる。

    喧嘩があれば仲裁に入り、門の前でお互いの言い分をとっぷりと日が暮れるまで聞いてやる。二人がすっかり疲れて帰ってしまうまで。

    痩躯で長身。

    長い槍をたかだかと天に掲げている姿が、よく似合っていた。

    「おじいちゃんは、その槍で敵を倒したコトがあるの?」

    「ないですな」

    「なんで?せっかくそんなに長い槍を持ってるのに、もったいない」

    彼はにこりと笑った。

    かつて大きな戦争があった。その時は、当然彼も戦場に駆り出されている。

    ガーディアン歴は王宮なかでも指折りで長いが、彼の誇りは、生涯でただ一度も人を殺めなかった事だった。

    若いころには煮え滾るような情熱もあった。槍一つかかげての立身出世を夢見たこともあった。戦友と酒を飲みながら語り明かした夜もあった。

    だが、ついに彼は一度も槍を振らなかった。

    かつての仲間たちはみな、王宮内で重要な役に就いている。

    「我々は己のために死に物狂いで槍を揮ったものだが、あいつにはそういった欲がない。だから出世しなかった」

    「あいつは現国王を幼少のころから知っており、滅法気に入られていたそうだが、結局戦争ではなんの活躍もせず、目立った働きが無いのでは、流石に側に置くわけにもいかなかったに違いない」

    「愚かな男さ、望めばいくらでも出世できたろうに」

    「だがあいつは強かったな。俺たちのうちで誰も、訓練であいつに勝った奴は居なかった……」

    王宮内で大臣たちは、禿げ上がった頭を寄せては、かつての旧友をそう語る。

    星の砂地区にある、13番目の門。

    彼はどこ吹く風で、この数十年間、青空のもと立ちつくしている。

    「むっ」

    老いたガーディアンが目を細める。

    「あれは……」

    みすぼらしい商人ふうの男が、ひょこひょこと妙な足取りでこちらへ近づいてくる。

    妙な男は、ガーディアンの前で胸を張った。

    「どうだ、似合っているだろう」

    「今日は商人風ですか。毎度ながら上手く化けますな」

    「うん。コツはすっかりその人物になったと思いこむコトさ。すると顔なんぞ隠さなくても誰にも気づかれんぞ、おい」

    「近衛兵が聞いたら卒倒しそうなセリフですな、国王」

    「あはは、は……」

    まさに、国王であった。

    たびたび王様は、こうして巧みに変装をしては、信頼をおく腕利きの護衛をさりげなくつけて街へと繰り出すのだ。

    「ああ嫌だ。冗談の一つも言わぬ大臣や、禿げ上がった重臣どもはうるさくって敵わない」

    「左様でしょうな」

    「王様なんてつまらないぞ、おい。どこに居たって人の目が光っているし、ちっとも愉快じゃない。皆私に肩書き通りの振る舞いを求めるだけさ。私は道化師なのだ」

    「威厳は大切ですからな」

    「窮屈なだけさ。何なら君が代わりにやってくれ」

    「そうは参りませんな」

    「この治世、誰がやったって一緒さ。そう、たしか路地裏にうまい料理を出す酒屋があると言っていたな。どうだ、今から案内してくれんか?一杯やろう」

    「まだ仕事中ですな」

    「な、なんという奴だ!ガーディアンが門ばかり守って、肝心の王を守らないとはまったく、どういう了見か!」

    「国王はいま王宮においでですな。とても多忙なうえ、偉大な方なので、そうそう軽率に出歩いたりはせんのです。それに、みすぼらしい商人の付き人になった覚えはありませんな」

    「こやつ、言いよる。あはは、は……」

    妙な商人の男に、老いた親切なガーディアンが絡まれているのを、通りの人々は訝しそうな目で見つめた。



    2016冬